スタッフブログ
2009.06.19 考えさせられること
臓器移植法案を改正する決議が昨日、衆議院で可決しました。
内容はご存知の通り、「脳死は人の死」とするもの。
デリケートな問題であるし、移植による治療を待ち望んでいる患者さんやそのご家族の気持ちを察すれば、
軽々しく感想を述べることはできないと思いつつも、ONE LOVEプロジェクトで日々、考えている『命』に関する話題だけに、少しだけ松原の私見を・・・
高校生の時、僕の通っていた科には、ディベートの授業というものがありました。
たまたま僕たちのチームに回ってきたのが『脳死は人の死か?』というテーマ。
それまで何の関心も無かった、というか知らなかったから考えたことも無かった僕にとっては
???だらけのテーマで、新聞や雑誌などの資料をかき集めて考えたことを覚えています。
ディベートの授業だったので、賛否に個人の考えに関わらず、どちらかの立場で議論をしなくてはならず
しかも、直前まで自分がどちらの意見を述べる立場になるか決まっていなかったため(と、記憶しています。)
『脳死』というものを、ためつすがめつしたのでした・・・。
そのときは、確か・・・、脳死は人の死であるという立場で話したのですが、
その後も自分の中で、ずーっと答えの出ない問題でした。
現行の臓器移植法案が成立したのは、1997年の5月。
僕が大学1年生になったばかりの頃でした。
履修した授業の中に「倫理学」というものがあり、
そこで当時、議論が(今よりは)盛り上がっていた『脳死』と改めて直面しました。
と書くと、お前のスタンスは分かったよ、といわれてしまいそうですが、
もう暫し、この徒然なる文章にお付き合いを・・・。
臓器移植によって助かる(治療できる)人がいる。
その人が元気になることを、望まない人はいない、誰一人。
でも・・・
臓器移植することで生きながらえる命と、脳死状態にある人の命を比べることになるのではないか?
そう思うのです。
脳死状態で「生きていく」命よりも、臓器移植で助かる命の方が重い・・・なんて訳ないですよね???
今回衆議院を通過した、いわゆるA案では、本人の意思表示は必要なくなったため
家族がその判断を行うことになるのです。
これが拡大解釈されて、判断を下すのが家族でもない第三者になったり、『脳死』という前提を飛び越え
(脳死が前提であれば、人の死であるという定義を個人的には受け入れられずにいますが)
完治する見込みのない命と、臓器移植で助かる命を比べるなんて、
生き延びる価値がある命のためなら、「価値のない」命は提供されるべきだなんて、
そんな優勢思想的な考えが日本にはびこる事はないとは思いつつも・・・
人は、時代の正義のためなら戦争すら選択してしまう生き物ですから、
目の前にある正しさを追い求める際に、ついプロセスを軽視してしまいがちな私たちですから、
『命』に関わる問題を考えるに際し、慎重すぎることは無いと思ってしまいます。
でも、海外では心臓死ではなく、脳死が人の死である国も多いのだから・・・
こんなに科学技術が、生命技術が発展した人類なのだから、
人工の臓器がどうして作れないのだろうか・・・。
会期末まで参議院で議論されるこの問題。
僕はきちんと見守って行きたいと思います。
そして、ちゃんと勉強しなきゃなと猛省中です。
皆さんは、今回の改正、どう思われますか?
松原
※ この日記を読まれて、気分を害してしまった方がいらっしゃいましたら、
本当に申し訳ありません。
言い訳がましいかもしれませんが、それは本意ではありません。
僕個人としては、自分が少しでも情報を発信できる立場に居ながら、
何も無かったように、何も考えることなく、何の議論も行わずに、
この「政治」を傍観していてはいけないのではないかという想いから書かせて頂きました。
この文章を読まれて、何か思われた事があれば、コメント下さい。
もしくは、重大な何かを見落としているというご指摘もあれば、お手数ですがお寄せいただけましたら幸いです。
この記事へのコメント
こんばんは!
ぼくは、『脳死は人の死』と言う言葉が嫌いです。
だって、まだ生きてますから。
人の死は、現代の科学で定義できるレベルのものではないと思います。
なので、まずこう定義してしまうことは腑に落ちません。
ですが、臓器移植には賛成です。
人の死、他人や国が土足で踏み込んで定義するものではなく、
本人や家族、その命にとって大切な存在が『もういいね』って思ったときに、違う命の為に受け継がれるのがいいのではないかと思います。
若輩者が失礼いたしました。
意見を述べさせていただけ、
ありがとうございます☆
その通りだと思います。。人それぞれ思想は違いますが、私は人ごときが命の終わりを決めてはいけないと思います。。勝手なきれい事を軽々しく言っている人達は当事者にならないと本当の思想は見えないのだと思います。。延命治療であろうが魂のある命なのですから・・・・
岡村さま
茶々丸さま
コメントありがとう御座います。
お二人からご意見をいただけたこと、非常に嬉しいです。
岡村さまから頂いた臓器移植に対する考え方、私も納得させられました。
既に臓器移植という医療技術が存在する訳ですから、なかったことには出来ませんし、
それによって救われる命があることも事実なのですものね。
茶々丸さまの「人ごとき」が命の終わりを決めてはいけないという気持ちを持って、
命に対して思考するというスタンスが欠けているように思われます。
そんな中、参議院でも世に言うA案が可決、成立しました。
昨夜のニュースで「国会議員に対して命に関するアンケートをとった結果が法律化してしまった」
という生命倫理の専門家のコメントがありましたが、本当にその通りだと思います。
8月30日に行われる衆議院議員選挙で私たちが選ぶ候補者が(現職の場合は)どういう思想の持ち主なのか
何党だから良いといういことではなく、見極めなくてはいけないのかもしれませんね。
ご参考 http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090618-OYT1T00848.htm
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