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「東南アジア:イスラム圏の犬たち」 / 臼井 京音

「万一、犬を触ってしまった場合には、まず泥で手を洗い、次に水で入念に手を清めなければならない。犬は不浄の動物だから」。
インドネシアのロンボク島で、イスラム教徒からこんなことを聞いた。


1万7000もの島々から成るインドネシア共和国にある、ロンボク島。隣のバリ島と50kmほどしか離れていないにもかかわらず、気候や宗教などバリ島と は異なる点が多い。バリはインドネシア唯一のヒンドゥー教の島だが、ロンボク島ではイスラム教を信仰するササック民族が人口の9割を占める。
イスラム教といえば、宗教上の理由から豚を食べないことはよく知られている。豚は不浄の動物とされているからだ。しかし、豚と同様、犬もけがれた動物らし い。預言者ムハンマドに吠え立てて神に逆らったからだとか、コーランに「犬が家にいると先祖の魂がその家に戻れない」と書かれているからだとも聞く。

当然、犬たちとの触れ合いは期待せずにロンボクを訪れた。予想通り、島内の犬たちは人々と距離をおいていて、野良犬のように見える。たまに見かけた犬に「おいで」と声をかけても、オドオドしながら逃げていく。

ところが、そんなロンボク島で偶然、犬を飼っているゲストハウスに泊まることができた。棚田が広がる高原避暑地、テテバトゥの最奥にあるホテルで、3匹の 犬に出会ったのだ。犬たちは放し飼いで、レストランではそばに寄ってきて「ごはん欲しいなぁ~」と熱い視線を投げかける。「この犬は“ボイ”って名前なん だ。チキンが好きだよ」と、宿で働く少年が教えてくれた。彼は、ボイの頭も平気で撫でる。「いろんな国から来るゲストが犬をかわいがるのを見て、犬が好き になったよ。ここでは犬を触っても誰にも怒られないからね」。オーナーはテテバトゥ一の権力者なので、村人から批難されることもないという。


1598_topic.jpg 帰国前、ロンボク島最大の都市マタラムで犬と暮らしている日本人家族に出会った。メイドのインドネシア人は、エサ用の器を片付けるときにもゴム手袋をして 触れないように気をつけていたが、最近は目を細めながら素手で犬を撫でるうえ、その後手を洗い清めることもしなくなったという。

首都ジャカルタでは、犬を扱うペットショップやトリミングサロンも多い。海外生活を経験した富裕層や仏教徒の華僑系住民が暮らし、諸外国の情報が集まる大都市なので、彼らの影響で犬を飼う人も増えているそうだ。

人が犬をかわいいと思う自然な気持ちは、実のところ、宗教や国境も越えているのかもしれない。

※写真はイメージ写真。インドネシアではないが、東南アジアの典型的な風貌の犬